「閑古錐(隷書風)」論評[芸術公論 116号]
土田帆山氏はその青春時代、昭和の能筆の最高峰である手島右卿の自宅で起居し、内弟子として厳しい修行を積んだ。右卿は「わしから盗めるものは徹底して盗む位でなければ、ものにはならん」が口癖であったというから、その学書の質と技法の習得は想像を絶する。時代が違うと言ってしまえばそれまでだが、こうした体験が書家としての出発点にあった意味は、氏の大成を考える上で無視できない。数年前の一大個展に出品された大作群の、感動的な印象を今に覚えている方も多かろう。
「閑古錐」は複雑で軽快な基線と、繊細な滲みが美しい。清雅な情趣に満ちた一作である。「古」の抱える白さを引き立てる「閑」と「錐」の文字意匠の至芸は、右卿書法を通過した果てに完成した。独自の高い書境である。澄んだ温雅な筆勢の中に古法が息づく。伝統書と現代書の結節点に位置する見事な作品だ。
(文・松田十蘭)
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芸術公論 116号