世の中よあわれなりけり[アートマガジン2002年9月]
土田帆山氏は、現代第一の能書ー手島右卿の下で若年時から厳しい学書を究め、師の古法の深奥をもっとも正統的に継承・体得した存在であろう。右卿直門の元老の地位にあり、その瑞々しい筆力にはいささかの衰えもない。数年前の個展に出品された大作群の鮮烈な印象は、未だ訪れた人々の心に深い感動を刻印しているに相違ない。
北原白秋の詩をモチーフとしたこの作品。騒々しく暗澹とした世相への無言の抗議が、高僧の累積めく一字書で大書された「世」の一字に秘められているような気もする。
勢いよく打ち込まれる縦画に漲る筆力の生動。大きく弧を描きこれを受ける横画の剛直な筆勢。圧倒的な重量感が素晴らしい。対照的に繊細な筆致で静謐な情感を歌う讃は、この巨匠の叙情的な側面を万人に感得させ、門然する所がない。感動芸術としての書の原点を痛切に感じさせる。名作である。
(文・松田十欄)
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アートマガジン2002年9月