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メディア掲載

「作巍」「弐馬」論評[日本書法 2006年6月号]

写真1 常にある新鮮な表情
 福井に居て書道界への逸材もここから多く輩出。書へのたゆまない情熱があったからなのだろうが、土田帆山の仕事はいつみても新鮮に思える。
 そこには、いつも新鮮な目で物事を捉える詩人の眼をもって暮らしていることを想像する。
 「作魏」も一見人を喰ったような作風であるが、新たな造形の定義をみせられるようにこの作を観、引きとめられる。〓高きをなす、高きをみつめる〓と考えていいのか、「巍」は「魏」と同字となるが、不安定とも思える一本一本の線条で構成し、大きさのある作品となっている。
 「作魏」現代の書 新春展 175*117 (文・小熊日々軌 日本書法2006年6月 7号)

写真2「弐馬」は御家内実母が百歳で健在、帆山が米寿で二人が午(馬)年生まれ。二つの馬めでたしのつもりで書いた作とのことである。言葉を選んだ時点で書体は金文で決まったか、「弐」と「馬」が呼応し合い、「馬」のたてがみ部分である右上に伸ばした三本の線の、絡みながらはみ出し切れて上までいった線条が活きている。ここにも非凡な構成がある。
「弐馬」第54回独立書展 (文・小熊日々軌 日本書法2006年6月 7号)

第57回毎日書道展「作巍」

出典詳細

写真

日本書法 2006年6月号

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